やまとうたは人の心を種としてよろづの言の葉とぞなれりける──日本の歌が人の心を種として、たくさんの言葉となって表れたように、言葉には人の思いが沁み込んでいる
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 また東京に積雪があった。大して積もらなかったし、気温が上がって解けるのも早かった。
 で、今回も日本語の話・・・

 初めに断っておくけど、つまらない話かもしれない。それでも読んでみようという奇特な人もいるかもしれないが、途中で、あるいは読み終わってから、なんだ、やっぱ、つまんねぇ話だったな、と恨まないでほしい。

 学校教育の話になると必ず話題になるのが、子どもや若い人たちの国語力のことだ。
 子どもや若い人だけに限らないかもしれない。国語のクイズ番組や漢字クイズのゲームが人気になるくらいだから、大人だって自分の国語力に自信が持てなくなっているのだろう。
 実際、私自身、ワープロやパソコンで文章を書くようになってからは漢字が書けなくなった。歳のせいばかりではない・・・
 きっと同じように感じている人も多いことだろう。

 子どもの国語教育については私なりの考えはあるが、それはまた別の機会に譲る。
 子どもや若い人たちについて良く問題にされるのは、国語の乱れとか、敬語の使い方とかで、要するにもっと正しい国語が使えるようにしよう、美しい日本語を大切にしようという声である。

 ところが、これを礼節だとか愛国心だとかに絡めたがる人が多いもんだから、どうも話が変な方向に行ってしまう・・・
 このことで大きな声を張り上げる政治家なんかも、テレビや国会での発言を聞いていると、アジテーションや詭弁は得意でも、決して正しい国語や美しい日本語を話しているわけではない。
 若い人たちの国語力を問題にする前に、まず自らの国語力を見直した方が良いのでは? と思うのは、私だけであろうか・・・

 「・・・について、総務省の方のお考えをお聞きしたいというふうに思います」
 これは、適当に選んだ文部科学委員会の議事録から抜粋したものだ。政治家や官僚の発言には、このような表現が頻出していて、教育問題を議論する文部科学委員もこの有様・・・
 「・・・について、総務省の考えをお聞かせください」と言うのが、簡潔で望ましい日本語だと思うのだが・・・

 「では、これから討論会を始めていただきたいと思います」
 テレビ局のアナウンサーですら、最近はこういう言い方をする。思いますじゃねぇだろ! 誰に向かって話しているんだ? 視聴者をなめてんのか!
 ここは、やはり、「では、これから討論会を始めます」というべきじゃないのか?

 古い人間のオジサンからすれば、妙な日本語を使われると気分が悪い。正しいとか美しいとかいう前に、安易な言葉遣いをせずに、意味を考えて、もう少し言葉に気を遣ってほしいだけだ。
 それにしても、正しい国語とか美しい日本語とか言う中には、どうも怪しい輩が多い。そう思っていたが、安田敏朗著「国語の近代史」(中公新書)を読んでいて、なるほどと思った。

 国語と日本語はどう違うのか?

 小学校に上がった時から「国語」の授業があった。それで、国語という言葉に特に疑問も感じなかった。日本の国語は日本語。イギリスの国語は英語・・・
 待てよ?

 和英辞典で国語を引くと、Japanese、language と書かれている。つまり日本語という意味の Japanese と、言語という意味の language、つまり国語に相当する英語がない・・・
 英語は English であって、イギリスで国語に相当するような特別な言葉はない。つまり、国語は日本語だけに存在する非常に特殊な言葉ということになる・・・

 安田さんによれば、「国語」は明治政府が近代国家として国民を統合するために考え出したもので、実際に人々によって使われていた言語とは違うものだという。
 明治政府は、別の言語といっても良いくらいにかけ離れていた、口語と文語の統一をまず図ろうとした。
 日本で初めてのカナ混じり文の公文書は、明治政府の基本方針を示した「五箇条の御誓文」だそうで、それまでは漢文で書かれていた。漢文を訓読していた。

 一方の口語には、共通語や標準語などというものはなく、それぞれに国言葉を話していた。今でいう方言だが、共通語や標準語などなかったのだから、どれも立派な日本語の一形態であったわけだ。
 さらに武士階級、商人、庶民では言葉遣いも違っていたから、スタンダードな日本語など存在していなかった。ちなみに安田さんによれば、上級武士は藩と江戸とを行き来していたために、ある程度の共通語化が進んでいたそうだ。

 つまり、明治になった時、スタンダードな日本語は存在しなかった。
 しかし、口語と文語を統一し、地方性と階級性を排除した共通語を作る必要があった。日本が近代国家として西洋に伍していくためには、日本全国どこでも誰にでも通じる、標準の日本語を作る必要があった。それが、「国語」だったわけだ。
 つまり「国語」は作為的に作り出されたものだった・・・

 標準語が東京の山の手言葉をもとに作られたことは、よく知られるところだが、東京の山の手言葉というのも江戸の武家や商家が使っていた言葉であって、江戸庶民の言葉ではない。

 近代国家に欠かせないのは国家の軍隊だった。そこでは、全国から集めた兵士に命令するための共通語が必要だった。
 軍隊用語の「~であります」とか、廓言葉である「~でありんす」という語尾は、方言や訛りを消すのに効果的な言葉遣いだったという。
 さらに、日清・日露戦争後は台湾や韓国の植民地の人々を皇民化するための「国語」が必要だった、と安田さんは書いている。

 「国語」ではなく日本語という言葉が登場してくるのは、傀儡国家の満州国ができてからだそうだ。
 傀儡国家とはいえ独立国なのだから、満州族の言語・満州語が話される。そこで植民地の「国語」ではない、大東亜共栄圏の共通語としての「日本語」を普及させる必要が生じた。

 国語と日本語の違いは、国語には伝達手段としての言語機能だけでなく、大和民族の精神性と歴史・文化といったナショナリズムを含んでいたことだという。
 つまり、「国語」は言語ではなく、したがって language でもない。language としての日本語とは別のもの・・・
 このような「国語」に求められた精神性が戦後も引き継がれていて、それが、国語教育において規範や倫理だとか、あるいは愛国心といったものを求める土壌となっているというのである。

 「国語」に盛り込まれた敬語や男性語・女性語の使い分けにも同じようなイデオロギーが反映していて、儒教的な精神、教育勅語の精神へと繋がっていたという。改めて教育勅語を読むと、確かに教育勅語の精神そのものが、「国語」に求められたものだったのだろうと思う。

 国語の乱れ、美しい日本語、正しい敬語、正しい国語教育などという場合、これらはいずれも日本語に精神性を求める「国語」のことを言っている。つまり、国語ナショナリズム・・・
 明治になって新しく作られたともいえる国語。それを指して国語の乱れも、美しい日本語も、正しい敬語もないような気がする。
 ありもしない日本語の規範という幻影に、我々はただ騙されているだけではないのか?

 NHKのアナウンサーの話す平板な標準語が、本当に美しい日本語なのか? 訛りのある方言は美しい日本語ではないのか? 東京の山の手言葉は美しくて、庶民の話す江戸言葉は汚い日本語なのか? 武士や商人の使う敬語が美しい日本語で、ぞんざいな庶民の下町言葉や田舎言葉は、野卑な日本語なのか?

 安田さんは、「ら」抜き言葉はすでに日本統治下の台湾で使われていたと指摘している。
 その方が発音しやすかったからだろうと推測しているが、発音がしやすいからこそ、「ら」抜き言葉が現代で一般化したわけで、それをもって国語の乱れと嘆くべきなのか?
 さて、ここで問題。次の字を何と読みますか?

 雪隠 三位一体 因縁 観音 輪廻 銀杏 反応

 これらは、もとは次のように読まれていたが、連声(れんじょう)と呼ばれる音変化をして現在の読み方になった。つまりは、訛ったということ。

 せついん→せっちん さんいいったい→さんみいったい いんえん→いんねん かんおん→かんのん りんえ→りんね ぎんあん→ぎんなん はんおう→はんのう

 言葉は訛って、それが新しい言葉となっていく。

 なにを言っていやがるのだね→なにを言っていやがるんだね→なに言ってやがるんだい→なに言ってやがるんでい

 この方が言いやすいんでい!

 テレビやゲームでも国語クイズが流行っていて、漢字にしろ敬語にしろ言葉遣いにしろ、あたかも地球が太陽の周りを回っているのと同じくらいに、昔からの確固たる事実のような言い方をされる。
 しかし、明治に生まれた国語はこの100年余りの間に何度もルールが変えられていて、漢字や仮名遣いを含め、戦後も幾度となくルールが変わった。国語のルールなんて、数学の公式ほどには自明ではない・・・

 言葉は生き物、言葉は生もの。
 「国語」のように格式ばってもいないし、揺るぎないものでもないし、あるべき姿を持ってもいない・・・

 ちなみに、このブログは国語辞典ではなく言葉辞典である。だから、口語体、文語体、東京方言、訛り、何でもあり。正しい国語にも美しい日本語にも縁がない・・・って、ただの悪文書いてる言い訳?
 広辞苑のホームページにある、「日本語の規範」「日本語を私たちの手で守りたい」なんて言葉は、俺には関係ねぇな・・・って、これもただの悪態?

 あ~あ、最初に言い訳してみたけど、やっぱ、つまんねぇ話書いちまったな・・・


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